死別の悲しみの癒しのブログ

死別の悲しみを癒すためのさまざまな話題を提供します。
          by 中原憬 ( Kei Nakahara )

このブログでは、家族、恋人、親友などと死別し、悲しみと絶望の暗闇の中にいる人の心に寄り添うような夜伽話をしていきたいと思います。早く、夜が明けますように。悲しみの向こうに行けますように。

思い出のつまった古い携帯を再起動してくれるイベント

故人の使っていた携帯(あるいは当時の自分の携帯)は、いま、どうなっているでしょうか?

おそらく、在りし日の思い出の写真、メールなどをたくさん中に抱えたまま、どこかの引き出しで眠っていることと思います。しかし、長い間置いておいた携帯は、電池パックの劣化により起動できなくなってしまっていることが多くあります。

そんな動かなくなった携帯を専用の機器で再起動させてくれ、携帯に残っている写真があればプリントアウトしてくれるイベントが日本各地で定期的に開催されています。au主催の「おもいでケータイ再起動」というイベントです(au以外の機種もOKです)。

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サイトの中に、いくつか参加者のエピソードが紹介されています。その中から故人やペットとの大切な思い出を甦らせた人たちのエピソードを紹介します(動画はauのサイトでご覧ください)。

episode 1 「母の声を、もういちど」

9年前に亡くした母親の肉声が残っていないかと当時の携帯電話を持ち込んだ娘さん。一件の留守番電話を見つけ、懐かしい母の声に涙ぐみます。

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episode 10 「息子の成人式」

夫を亡くして以来、働きながら子育てをしてきたお母さん。当時の夫の写真や、苦労して育て上げた息子の成人式に撮った写真が出てきて・・・。

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episode 4 「戻ってきた愛犬」

むかし飼っていた愛犬の写真。病気がちだったけれど、それでもそばで懸命に生きてくれたことを思い出して、愛犬家の女性は、懐かしさに涙をにじませます。

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そのほかにも、動画はありませんが若くして亡くなられた娘さんの思い出の写真が甦ったエピソード(episode6)があります。


懐かしい写真などは、当時の気持ちをありありと思い出させてくれ、心を温めてくれるものです。
つかの間であっても、幸せな思い出を味わうことができると思います。

引き出しの奥に眠っている起動できない携帯があれば、このサービスを利用してみてはいかがでしょうか。参加費は無料です。

詳しくは下記のauのサイトをご覧ください。イベントの概要、開催スケジュール、参加者のエピソードなどが載っています。

[おもいでケータイ再起動]
https://www.au.com/omoidekeitai/

時間が戻ったらと嘆き続ける人に贈りたい映画「アバウト・タイム」

愛する人と死別し、悲しみに沈みながら、二人で過ごしたあの時間が戻ったらとばかり考え続けてしまっている人にぜひ観てほしい映画があります。

映画『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』

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2013年の作品です。過去に戻る能力を持つ家系に生まれた主人公がその能力を使って、恋人を獲得しようとしたり、人生をよりよいものにしようとする中で、本当の愛や幸せは何かに気付いていく物語です。・・・と書くと、チープなSFラブ・コメディを想像する方は多いと思うのですが、それだけではなく、人生についてしみじみと想いを馳せてしまう深い内容を持った映画なのです。

とりあえず貼ってあるYouTubeの予告編を観てほしいのですが、ただ、この予告編だけではあまり素晴らしさは伝わりません。それよりも、この動画のコメント欄で、この映画を推している人たちの心からのコメントを読んでほしいと思います。
この予告編の100万倍面白いし、素晴らしい映画ですよ。
めっちゃいい映画だった。
明日からの毎日を大切にしようと思える映画
恋愛だけ、家族愛だけ…じゃなくすべてが織り交ぜてある映画。
【人生】ってテーマがぴったりの名作。
これなんでアカデミーに引っかかんなかったんだろう
あたしはこの映画が一番大好きです。今の所越す映画は無い!ホントに感動した!
こんなステキな映画に、出会えて本当に嬉しい
これ以上の映画はありません。
思い出しただけで泣けてくるぐらい大好きです。
何気ない一日一日が幸せで、大切であること。
日々過ごしていて忘れかけていることを思い出させてくれます。
賛否両論あるかもしれませんが、心からおすすめします。
これ本当に好きな映画
過去に戻れたとしても全部無かったことにするだけじゃダメなんだなって思う



この映画がどんなに素晴らしいかは、10分ほどであらすじを紹介してくれる次の動画を観るとはっきりとわかります。あらすじを紹介されているだけなのに、感動で胸が震えます。



このサムネイルのチョイスはとても安っぽいのですが、そこは無視してください(汗)。
(このエッチなサムネイルに対し「あっち系かと思わせといてめちゃくちゃいい話」とあり、これにいいねが2900件(!)以上ついているという(笑))

物語の後半、父が病に侵され余命いくばくもないとわかったときに、彼がどのように人生を選択し、彼の父がどのように人生を選択していくのか。そして、二人の絆がどうなるのか。しみじみと人生や家族愛について考えさせられる極上の映画です。

DVDの内容紹介によると、「ぴあ初日満足度ランキング」92.1% 、2014年「an. an エンタメアワード 心に残る映画・ドラマ・本の映画部門」第1位だそうです。ミニシアター作品としては異例の興収3億円を突破する大ヒットを記録したとのこと。隠れた名作といえるでしょう。


アバウト・タイム~愛おしい時間について~ [DVD]
ドーナル・グリーソン
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2015-11-06


アマゾンの150件以上あるレビューも参考になります。

なお、有料になりますが、YouTubeで直接映画の本編を観ることができますよ(予告編の動画から行けます)。

[補足]
同じくタイムトラベル系の名作には、「ある日どこかで」があります。
特に、伴侶を亡くして悲しみと孤独のうちに晩年を過ごしている人に観てほしい映画です。
こちらは、真に愛する者同士の二人の深い愛情に涙が止まらなくなる、悲しくも美しいラブ・ファンタジーです。こちらで紹介しています。・・・う、この映画のタイトルを見るだけで泣ける。

癒しの広場~癒しの映画/ドラマ
https://www.asahi-net.or.jp/~KX5N-KGYM/movie.htm#11

映画『ある日どこかで』
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愛する人を亡くした有名人たち その3 ~宇多田ヒカル[前半]

宇多田ヒカルの実母は、演歌歌手の藤圭子ですが、2013年8月に飛び降り自殺で亡くなりました。62歳でした。
当時、宇多田ヒカルは、30歳。2010年に宣言した「人間活動」と称するアーティスト活動の休止期間中の出来事でした。

        ※        ※        ※


母の藤圭子は、精神的な問題を抱えており、統合失調症と鬱病が混合した統合失調感情障害であったのではないかといわれています。

父の宇多田 照實によると、藤圭子の感情の変化が著しくなり始めたのは宇多田ヒカルが5歳くらいの時期からだそうです。
家族に対して攻撃的な発言や行動が見られるものの、数分後にはいつも自分から反省することが続いたそうです。病院で診察を勧めても、本人が拒絶し続けたため、病院での治療は成されないまま、苦しみが年を追うごとに重症化したものと思われるとのこと。

亡くなる直近の12年間は、思い立ったら旅に出かけるという生活を送っていました。ニューヨークを拠点に、ヨーロッパ各国、米国各地、オーストラリアなどへ。カジノでギャンブルやホスト遊びをし、浪費を繰り返していました。

2006年にはジョン・F・ケネディ国際空港で多額の現金(約4900万円)を所持していたことと麻薬犬が反応したことから、麻薬取引に使われる現金との誤解により全額没収され、ワイドショーを騒がせたことがあります(のちに全額返還)。

インタビューで、藤圭子は「この5年間ほとんど日本に帰らず、世界中を旅している。ファーストクラスのチケット代、(各国の高級)ホテル宿泊代などで、5年間で5億円は使った」、「カジノでは現金所持が当たり前」、「麻薬とは一切関係がない」と語っています。


        ※        ※        ※ 

母が飛び降り自殺をした4日後、宇多田ヒカルは公式サイトに次のコメントを発表しました。

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8月22日の朝

8月22日の朝、私の母は自ら命を絶ちました。

様々な憶測が飛び交っているようなので、少しここでお話をさせてください。

彼女はとても長い間、精神の病に苦しめられていました。その性質上、本人の意志で治療を受けることは非常に難しく、家族としてどうしたらいいのか、何が彼女のために一番良いのか、ずっと悩んでいました。

幼い頃から、母の病気が進行していくのを見ていました。症状の悪化とともに、家族も含め人間に対する不信感は増す一方で、現実と妄想の区別が曖昧になり、彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました。私はただ翻弄されるばかりで、何も出来ませんでした。

母が長年の苦しみから解放されたことを願う反面、彼女の最後の行為は、あまりに悲しく、後悔の念が募るばかりです。

誤解されることの多い彼女でしたが… とても怖がりのくせに鼻っ柱が強く、正義感にあふれ、笑うことが大好きで、頭の回転が早くて、子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人でした。悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。

母の娘であることを誇りに思います。彼女に出会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

沢山の暖かいお言葉を頂き、多くの人に支えられていることを実感しています。ありがとうございました。

25年8月26日

宇多田ヒカル
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宇多田ヒカル公式サイトより)

手の届かない世界で苦しみ続けた母親、救いたくても救えなかったもどかしさ。
その中で、自ら死を選んでしまった母
の行為は、はかり知れない衝撃を宇多田ヒカルに与えたことでしょう。


後悔しないわけがありません。いったいどうすればよかったのだろうという思いに苦しんだはずです。
慟哭しないわけがありません。自分を産み、育ててくれた大切な母親です。心が千切れるような思いをしたはずです。


宇多田ヒカルが、母の自殺後はじめてラジオで放送したとき(その年の10月15日)の音声が残っています。

※最初の40秒は、番組のオープニングの音楽(効果音?)です。

宇多田ヒカルは、冒頭で、何をオープニングで言ったらいいかのわからなくて何度も何度も何度も録り直しをしたと語っています。声が震えて聴こえるのは気のせいでしょうか?

番組の最後には、有名ではないのだけどいちばん好きで大事に思っているという自身の曲「テイク5」の解説が始まります(11:45~)。
「死にたい」という気持ちを書いている歌詞だと説明をしています。
でも、完成したときには最後の一言が、「生きたい」という言葉で完成した曲なのだそうです。

「テイク5」の歌詞
※上の動画には「テイク5」の曲は含まれていません。リンクを張ろうと探しましたが、適当なものが見つけられませんでした。

このとき、この曲をどうしても流したかったのだと思います。
代表曲ではないけど好きな曲というテーマで番組を進行させていますが、本当はこの曲をリスナーに聴いてもらいたかったのだと思います。自分のことを心配してくれる大切なファンの方々に。

        ※        ※        ※ 

母を喪った翌2014年、宇多田ヒカルはイタリア人男性と再婚します。
2015年には第一子の男児を授かります。
そして、2016年に宇多田ヒカルは6年ぶりにアーティスト活動を再開しました。
全世界のファンの待望の中、2曲を同時にリリースしました。

「真夏の通り雨」


壮絶な母親の死と、自らが母親になり生を生み出すという生死の体験を潜り抜け、発表されたこの曲は、二度と会えない母親への強い思慕と哀惜が濃密に現れていると感じます。

わが子へのとめどなく湧き上がる愛情は、そのまま母親への深い感謝と胸を掻きむしるような悔悟の悲しみの想いになったことでしょう。


 全体に流れる深い母への愛と感謝が、この曲を美しく心安らぐものにし、 隠された慟哭がこの曲を人の心を底から震わせる深いものにしています。

この曲の歌詞の一部です。

  (1:50~)
勝てぬ戦に息切らし
あなたに身を焦がした日々
忘れちゃったら私じゃなくなる
教えて 正しいサヨナラの仕方を

誰かに手を伸ばし
あなたに思い馳せる時
今あなたに聞きたいことがいっぱい
溢れて 溢れて

木々が芽吹く 月日巡る
変わらない気持ちを伝えたい
自由になる自由がある
立ち尽くす 見送りびとの影



母親を自殺で喪って初めて書いた曲が、恋愛の曲であるはずもありません。

 同じく母を心の病の自殺で失った筆者の身としては、歌詞の一つ一つの単語に込められた意味と想いに、これほど共感し心震える曲もありません。

届いた歌声は鑑賞する人が各自好きな解釈をすればよいものなので、作者でもない人間が歌詞を解説するのはまったく野暮なのですが、あえて解説させてください。最後の2行です。


自由になる自由がある 」とは、心の病に囚われ最後にあのような道を選んだ母親の気持ちに心を寄せる言葉です。自己(正気)を失うという苦しみを考えれば生きていてほしかった、などと安易に言えるはずもないというぎりぎりの葛藤が悲しみともにあふれる表現です。

「自由」という単語を2回使うことで自殺(というよりもそこに至らざるを得なかった過酷な人生と、自己を守るために選んだ人生を終わらせる意志)を表現しているのだから、天才的な言語感覚です。
薄紙一枚で隠されているその言葉の熾烈な意味は無常で残酷なものですが、どこまでも美しく響く言葉です。


立ち尽くす 見送りびとの影 」は愛する人が自ら死を選ぶという悪夢のような現実に打ちのめされて葬儀、すなわち彼岸の別れの場に参加する人たちの姿のことです。

涙で周りの人たちが影のようにしか見えないのかも知れません。
あるいは、愛する人を亡くし、魂を失うような深い失意と凍りつくような虚無感に陥った人たちのことかもしれません。
受け止めきれない現実に直面したときの否定感、世界のゆらぎ感をも見事に現しています。動きのないぼんやりとした絵の中に、別れたくないという無音の叫びが秘められています。



なぜ、ここまでたおやかに美しく表現できるのでしょうか。

極めて日本的で婉曲な歌詞は、繊細で洗練されたものです。

この宇多田ヒカルの天才的な才能のほとばしりに、心の底からの想いが芸術として形を得るその凄まじさを見る思いがします。


[後半に続く(未執筆)]

早期流産で自分を責めているお母さんへ

早期流産のほとんどは赤ちゃんの染色体等の異常が原因です。
母親の妊娠初期の仕事や運動が原因で流産することはほとんどありません。

日本産科婦人科学会のサイトを見てください
赤枠や赤線は私が追加したものです。

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赤枠を拡大します。
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URL: http://www.jsog.or.jp/public/knowledge/ryuzan.html

ほとんど、受精の瞬間に「流産の運命」が決まってしまっているそうです。

もう一つ、ゼクシィBabyのサイトを見てください。
ryuzan3

赤枠を拡大します。
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URL: https://zexybaby.net/ninshin/syoki/ryuzan/

妊娠初期の流産は、妊婦さんが生活に気をつけたからといって防げるものではないそうです。

だから、こんなふうに思うのは間違いです。

 ・・・妊娠していることに気付かないで注意しないで生活したから
 ・・・あのとき無理をしたせいで

自分を責めることはありませんよ。



死別を体験してわかる偽の友人「フレネミー」 ~人の不幸は蜜の味と感じる人たち

「人の不幸は蜜の味」という言葉があります。

個人的な感覚でいう数字なのですが、他人の不幸を喜ぶ人は、だいたい世の中の30%ぐらいはいると考えています。ただ、大概の大人は、自分自身にそんな感情を認めることを許しませんから、人の不幸に接したときに、いつもより気分が高揚して饒舌(じょうぜつ)になって誰かを断罪したり、不幸の渦中にいる人の話題の情報を興味津々で漁ったり(あさったり)する程度です。

注意しなければいけないのは、世の中の3%ぐらい存在する、積極的に人を傷つけようとしてくる人たちの存在です。だいたい、30人に1人くらい、どこのクラスや職場でも身の回りには一人はいると私は体験的に考えています。
ネット上で、人の不幸に集まってきて「メシウマ」発言をしている人たちですね(「メシウマ」とは、他人の不幸や失敗で飯が旨い、という意味です)。子どもが事故で亡くなったというニュースの掲示板で、正論をかざして親を責める書き込みをするような人たちです。

彼らは普通に私たちの周りにいますし、女性の場合、むしろクラスや職場の人間関係の中心にいることが多くあります。彼女たちは、基本的に人の心を見透かすことが得意な人たちなので、場を盛り上げたり人を笑わすのも得意。人心掌握が巧みなため、自らの派閥を作り、クラスでいえば男子たちとも太いパイプを持ち、職場で言えばおエライさんたちに気に入られていたりします。
人怖じしない積極さで派閥を広げ、鋭い人間評価などを上層部に披露することで上層部に取り入るなど、組織内で大きな影響力を持っていることが多くあります。

職場で齢を重ねるとお局(おつぼね)になるタイプです。同性に対する支配力の強さが特徴です。
大体、自信家で仕事も要領よくできるのですが、基本、意地悪でわがままです。

frenemy


彼女たちは人の噂話や悪口やスキャンダル話が大好きです。
身近な例でいうと、同席しているときに、トイレに立ったら即、悪口を言いそうな人たちですね。
これらの毒を含んだ話は、場を盛り上げることができるので、「人の中心にいて、いつも笑っている明るい性格」と評価されていることも多々あります。

しかし、彼女たちは人のダークサイドにばかり注目します。
女性週刊誌を愛読し、スキャンダル、破局話、離婚話、不倫話が大好きです。
人の不幸を喜びます。相対的に自分が幸せに感じられるからです。
人の欠点を指摘します。相対的に自分が賢く感じられるからです。

彼女たちは、気づかれないように人を傷つけて、楽しむことが得意です。
その場にいない人の悪口で、嗤い(わらい)を取ることは彼女たちの日常です。

     ※    ※    ※

さて、長くなりましたがここから本題です。

「フレネミー」とは「友人のフリをした敵」のことです。フレンド(友人)とエネミー(敵)を足した言葉です。
あなたが、友人と思って付き合っている人の中に、他人を傷つけて内心喜ぶ人たちがいないかどうか注意しないといけません。

彼女たちは、人の不幸が大好きですから、あなたが死別を体験し、ひどく傷ついていることに対し、最大限の興味と関心をもってあなたの一挙手一投足に注目しています。

あなたの不幸が深ければ深いほど、このような人物を強く引き寄せてしまうのです。

何日間会社を休んだ、今日は顔色が悪い、昨晩は泣き続けたのか瞼が腫れている・・・。
あ、あるまじきことに笑ったよ、あいつ、なんて考えています。

人の不幸は蜜の味、という言葉のとおり、彼女たちは、あなたの苦しみを幸せを感じ、愉快に思っているのです。繰り返しますが、そういう人たちは、30人に1人くらいいます。

彼女たちは、今日はそんなに落ち込んでいないと感じると、面白くないなと感じ、傷に塩を塗ってこようとすることがあります。

まず、死別したことを思い出させる行為に出ます。あくまで心配している体(てい)で。
 「もうそろそろ1か月ね。どう、立ち直ってきた?」
 「こんな雨の日だったわね、あの人が事故に遭ったのは・・・」

 「生きていたら、来週、30歳ね」


思いやっているふうに見せながら、あなたが思わず罪悪感を感じてしまうような発言もします。
 「よかった。笑顔が増えてきたわね」
 「よかった。もうすっかり元気そうね」


そんなに簡単に次にいけないこと知ったうえで、神経を逆撫でする発言もしてくることでしょう。
 「早く忘れなさいよ」
 「若いのだから、次の男を早く見つけなさいよ」


悩みを聞くふりをして、落ち込み具合を把握し、弱みを握るというのは彼女たちの常とう手段ですから、根掘り葉掘り、どれだけ傷ついて、悲しんでいるか訊き出すこともあります。
 「昨晩も泣いたの?瞼が腫れているよ」(泣き続けていること確認できると嬉しい)
 「夜、寂しくない?」(抱いてくれる人がいない現実を突きつけ、淋しそうな顔が見れると嬉しい)
 「休みの日は、何をしているの?外に行っている?」(暗く家に閉じ籠っていると嬉しい)

もし、あなたが新しい異性とつきあい始めようとしたら、それを敢然(かんぜん)と引き留める行為に出るでしょう。あなたに不幸のままでいてほしいのです。決して恋バナなんてしてはいけません。
 「もう彼のことを忘れたの?そんなに薄情な人だったの!?」(新しい男を絶対に作らせまいとする)

本当に性格が悪い人の場合、あなたを鬱(うつ)状態に陥れたり、メンタルを病むように仕向けてきます。あなたが不安を感じたり、葛藤(かっとう)したり悩んだりするような言葉をわざと投げかけてくるのです。
 「まだ、立ち直れないの?前を向きなよ」(後ろ向きであると非難している)
 「まだ泣いているなんて、おかしいよ。彼も悲しむよ」
(現状を否定して混乱させる)
 「思い出の品は、すぐにでも捨てるべきよ。」
(心の拠り所を破棄させようとする)
 「旦那が死んだのに、もうこんなに笑えるんだ。よかった」
(薄情な人間なのかと苦しませる)
 「これから経済的なことが心配ね」
(問題を思い出させ、不安を煽る)

最悪の一言は、これです。
 「私だったら生きていけないわ」(死にたい気持ちに誘導させる)

これらはすべて、一見思いやりから発言しているような体(てい)を装っています。

彼女たちにとって、傷口を見つけたら、友人のようなふりをしながら落ち込ませることは簡単にできることなのです。そうやってずっと生きてきたのですから。
思いやる言葉の中に、グサッと刺さる棘のある言葉をさりげなく一つ混ぜて話すというのもよく使われる手です。
深い傷を負っている人をさらに傷つけることに生きがいを感じる人も世の中にはいるのです。

        ※       ※        ※

ここで注意しなければいけないことは、上記の言葉自体が悪いわけではないということです。発言する人の心の底に、善意があるか、悪意があるかかが問題なのです。

本当に心から心配している人でも、無邪気や無神経さから傷つける言葉を掛けてくることは珍しくはありません。死別の悲しみがどれほどつらく、苦しく、悲しいのか、若い人の場合、理解できないほうが普通ですから、却って傷つけてしまう励ましの言葉をかけてしまうことはよくあることです。

傷つく言葉を言われたからといって、その人に悪意があるかどうかは総合的に判断しないといけません。
        ※       ※        ※

次の項目に多く当てはまるような人だと、その人がフレネミーである可能性が高いでしょう。
 
 普段から人の噂話や陰口が多い
 上司(先生)や会社(学校)や家族(旦那)への批判・文句が多い
 女性週刊誌などのゴシップが大好きで、不倫、破局、離婚などの話題が多い
 他人の年収や学歴などを比較をすることが多い
 会話に「無視」「仲間はずれ」「イジメ」「意地悪」「嫌がらせ」という単語が多い
 あの人とは近づかない方がよい、などと誘導し、人間関係を切りに掛かってくる
 その人のことを嫌っている人がそれなりにいる
 イベントに誘うのはいつもその人からで、自分から誘ってもあまり応じてくれない
 落ち込んでいると、嬉しそうな顔をして話しかけてくる
 時折、無視される
 悩みやプライベートなことを根掘り葉掘り聞いてくる
 傷つく言葉を言うことがある
 成功談や幸せそうな出来事を報告すると叱りつけてくるなど落ち込ませる言動を取る 
 教えていない自分のプライベートな情報を他者を介して知っていることがある
 その人と会ったあとに落ち込むことが多い

真の友人は、傷が癒えるまでそっと温かく寄り添ってくれるものです。

女性の場合、つらい死別を体験したあとに、何人かの友人と縁を切ったという話を聞くことがよくあります。何度も心の傷に塩を塗りこんでくると感じたら、その人とはいったん距離を置いて、しっかりとその人の人間性を観察するようにした方がよいでしょう。

手話を覚えたゴリラが伝えた死生観

動物たちが何を考えているのか、知りたいと思ったことはありませんか?
動物たちが話をしてくれたら、と思ったことはありませんか?

一体、彼らは、どのような死生観を持っているのでしょうか?
大切な仲間を喪ったとき、彼らはどのように感じているのでしょうか?

      ※      ※      ※

カリフォルニア州サンタクルーズ郊外の山々に広がる広大な研究施設にココ(Koko)というメスのゴリラがいます。ココは動物心理学者のパターソンから、手話を教わり、3歳の人間の子どもに匹敵する語彙である1,000語以上の手話を学習することに成功しました。

人間の言葉を動物に教えようとする試みはたくさんありましたが、ココの成果よりも成功したものはありません。ココは、人間との会話を通じて、さまざまなことを教えてくれました。



■子猫との死別のエピソード

動物心理学者のパターソンはココにたくさんの絵本を読み聞かせていましたが、ココは絵本に出てきた猫を気に入り、誕生日プレゼントに猫をおねだりしました。最初、おもちゃの猫をプレゼントしましたが、ココは気に入りませんでした。そこで、ゴリラがほかの動物をペットとして飼えるのかという実験も兼ね、生きた子猫を与えることになりました。

3匹の候補の子猫の中から、ココは自分と同じで尻尾のない子猫を気に入り、ボール(All Ball)と名付けて大変可愛がりました。ボールは、生後4週で母親に拒否された子猫で、ココを怖がりませんでした。
研究者たちは、ココの母性本能に心を奪われたそうです。ココは、とても優しく愛情深く世話をしようとしました。ココはボールを抱きながら「Soft(柔らかい)、Good(良い)、Cat(猫)」とよくサインを出していたそうです。

しかしある日、ボールは事故で車に轢かれて死んでしまいます。 パターソンがその事をココに伝えたときの動画があります。
[1分40秒]


話を聞いた瞬間は何の感情も示さず俯いていたのですが、少しずつ手話で「Bad(ひどい)」「Sad(悲しい)」「Frown(顔をしかめる)」と伝えました。それからココは、大きな声で泣き続けました。ココは数日間泣いていたそうです。

その後、新しい子猫たちとの出会いもありましたが、ボールが死んで15年経って、ボールによく似た子猫の写真が雑誌に載っていたのを見たときに、ココは「Sad(悲しい)、Cry(泣く)」と言い、写真を指したそうです。


■友人ロビンウィリアムズの死を悲しんだエピソード

2001年、俳優のロビン・ウィリアムズは、ココに会うように招待され、結果、彼らはとても特別な友達になりました。ココはかつて彼の映画も観ていました。

2014年にロビン・ウィリアムズの訃報が流れたとき、パターソンが「大切な友達のロビン・ウィリアムズが亡くなったのよ」とココに伝えました。ココは黙ってしまい、もの思いに沈んだ表情になりました。

その日の終わりには、ココは頭を下げ、唇を震わせて、とても暗い様子になったそうです。

[1分5秒]


■ココの死生観

ココと助手のムーリンのやりとりが記録されています。

ムーリン:  Where do gorillas go when they die?(ゴリラは死ぬと、どこにいくの?)
ココ:   Comfortable hole bye.(苦労のない 穴に さようなら。 )
ムーリン: When do gorillas die?(いつゴリラは死ぬの? )
ココ:   Trouble old.(齢をとり 病気で。)

"Comfortable"は「苦労のない」と翻訳されていますが、直訳だと「快適」という意味になります。
ココにとっては、死は生の苦労を終えて、安らげる場所と認識していることが伺えます。なお、パターソンによると、ココは散歩をするときなどに、死んだ動物が埋葬される場面を観察していたそうです。

いくつもの「さようなら」をしてきた優しいココにとって、仲間や友達が「苦労のない」ところに行っていると考えるのは、自然なことなのかも知れません。


[訃音(ふいん)]
ココは2018年6月19日(米国時間)に46歳で永眠しました。
安らかに、そしてボールと一緒に幸せに過ごしていることを願います。


THE GORILLA FOUNDATION http://www.koko.org/


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愛する人を亡くした有名人たち その2 ~千代の富士・九重親方

2016年7月31日、第58代横綱・千代の富士が、すい臓がんで亡くなりました。61歳でした。

「ウルフ」のニックネームで呼ばれ、大相撲で31回の優勝を果たし、相撲界で初めて国民栄誉賞を受賞するなど圧倒的な強さと人気を誇る輝かしい人生でした。



しかし、絵にかいたような国民的英雄の人生には、ひとつ深い悲しみがありました。1989年6月に生後4か月の三女の愛ちゃんをSIDS(乳幼児突然死症候群)で亡くしていたのです。

その時の千代の富士の憔悴ぶりは激しく、体重は一気に4キロ減り、師匠の親方でさえも「もう相撲は取れないのではないか」と思わせる程だったといいます。

愛ちゃんの葬儀から2週間後の名古屋場所。数珠を胸に千代の富士は場所入りしました。

「涙を流して娘が帰ってくるなら泣く。それより、あの子のために優勝する」

左肩のケガもあり肉体的にも精神的にも追い詰められていた状況の中、一つずつ着実に白星を重ねていき、やがて勝負は、史上初の同部屋の横綱同士による優勝決定戦となります。
千代の富士は、神がかり的にこの勝負を制し、見事に優勝を果たしました。心の中で、愛ちゃんにやったよ、優勝したよ、と語りかけたのではないでしょうか。

続く秋場所では、当時の通算勝ち星の新記録を樹立し、場所後に各界初の国民栄誉賞を受賞しました。1990年の春場所で、前人未到だった通算1000勝を達成、その年の九州場所では休場明けで31回目の優勝を果たしました。

家族の死は深い絶望をもらたします。
どんなに勝負強い男のハートでも容易に打ち砕いてしまうものです。しかし、その悲しみのどん底から、娘のために自分ができることを探したのでしょう。「あの子のために優勝する」という決意は、どれほど固かったことでしょう。
彼の本当の強さは家族への愛から来るものだったに違いありません。

千代の富士の葬儀は、「早世した娘さんの葬儀をした自宅で旅立ちたい」という故人の遺志で、三女・愛ちゃんの葬儀会場と同じ自宅で行われました。

千代の富士は、いまは娘さんと再会し幸せに過ごしているでしょうか。

愛する人を亡くした有名人たち その1 ~安室奈美恵

安室奈美恵は、21歳のとき実母を殺害されています(1999年、安室奈美恵実母殺害事件)。
彼女にとって叔父にあたる人物が、母を車でひき、ナタで殴ったあと、山中に逃げ込み農薬自殺したという凄惨な事件でした。

仮通夜の夜、安室奈美恵は母を呆然と見つめ続けて大粒の涙を流し、そして白い布で母の顔に残るたくさんの傷、そして薄く残る血の痕を自分の頬を伝って母の顔にこぼれ落ちる涙で拭いていたといいます。

まだ若かった彼女にとって、どれほどの精神的なショックと悲しみだったでしょうか。
当時から安室奈美恵はトップアイドルでしたから、マスコミはセンセーショナルに報道をし、スポーツ新聞は銀座や有楽町で号外まで配る有り様でした。日本中がこの事件に注目し、ワイドショーが騒ぎ立てました。

そんな中、安室は気丈にも事件12日後には音楽番組に出演して活動を再開しています。
その後、彼女の胸の内はほとんど語られることはありませんでした。
そのためでしょうか、え、安室奈美恵ってそんな過去があったの?と思う人も少なくないと思います。

数少ないインタビューで彼女が悲しみの一端を吐露しています。一字一句の重みがズシリときます。
「母の死は私を地獄へ突き落とした。もう何もできなかった。けど、ずっとそうもしていられなかった…私も一人の母親として息子のために頑張らなきゃいけない。それが生きがい。」(2005年1月「UK TIMES」)

「母のことがあってからずっと辛かった。もう歌うことも「安室奈美恵」でいることもやめたいと思った。でも、今がどん底でもうこれ以上落ちることは無い…そう考えると少しづつ楽になっていった。」(2008年5月「AERA」抜粋)

一時期、安室奈美の左腕には次のタトゥーが彫られていました。母に対する深い愛情と哀悼の想いとどうしようもない心の痛みを我が身に刻み込みたかったのでしょう。

JUN.30 in 1950
my mother's love live with me
Eternally in my heart
R.I.P
MAR.17 in 1999

1950年6月30日(母親の生年月日)
母の愛は私と一緒に生きている
私の心の中で永遠に
rest in peace(安らかに眠れ)
1999年3月17日(母親が亡くなった日)


2002年に入れられたこのタトゥーは、その後、2013年のジャケット写真では薄くなっており、いまでは確認できなくなっています。


最近、安室奈美恵のリオオリンピック・パラリンピックのNHKテーマソング「HERO」のミュージックビデオを観ました。
映像の美しさとともに、彼女の顔立ちの凛々しさに惹かれました。



凄みのある美しさ。何よりも、悲しみの人生を生き抜いてきた深みを湛えた目をしていると感じます。
タトゥーで刻み込みたかったものは、すでに彼女自身の存在に刻み込まれているような気がします。

この曲の歌詞の一部です。

  強くなれる訳は大切な人が
  常に笑顔で支えてくれた
  だから乗り越えられる
  険しい道のりも
  君と交わした 約束の場所
  たどりついてみせる
  いつか必ずforevermore

  君だけのためのhero
  どんな日もそばにいるよ


作詞の方は、安室奈美恵ではなく、別な方なので、歌詞を深読みするのは的外れなのですが、安室奈美恵が「大切な人が常に笑顔で支えてくれた」と歌っているところを聴くと、胸にぐっと来るものがあります。

これからも、一ファンとして安室奈美恵が大きく羽ばたいていくさまを見守っていきたいと思います。

藤子・F・不二雄の読みきり作品「ノスタル爺」

YouTubeにある藤子・F・不二雄の読みきり作品「ノスタル爺」は切ない名作です。
永遠に失われたはずのものがそこにあったとしたら・・・。もう一度、その人の生きている姿を見守ることができたら・・。



この物語のエンディングをあなたはどう見るでしょうか。

愛する人と過ごせていた当たり前の日常。その人の笑顔、その人の声。それがどれだけ価値のあったものか実感している人には、特別な物語だと思います。

どんなにはたから蔑まれようと、どんなに生活が不自由であろうと、その人のそばに居られさえすれば。
その人の笑顔を見て、その人の声を聞く---不条理で残酷のこの世ではなく、覚めない夢を見続けられたら。

まさに、あり得ない夢物語。
ただ、愛する人への想いを強く持ち続ける人にとっては、一刻(いっとき)の癒しとなる物語だと思います。